成田には京都と共通する点があるのをご存じですか?
毎年京都同様7月に、「祇園祭」が開催されるのです。京都で祇園祭の時期に欠かせないグルメといえば「鱧」。じつは成田でも鱧を存分に味わえる京懐石店があるのです。その魅力をレポートします。
成田で、本格的な京懐石が堪能できると注目を集めている「衛正(えいしょう)」。2020年、2月成田山表参道にオープン。季節感あふれる繊細な料理を求めて、舌の肥えた食通が地元のみならず、他県からも足しげく訪れます。
成田山表参道から少し入った、コンクリート建てのモダンなビルの3階にある「衛正」。知る人ぞ知る、隠れ家的なお店です。
ご主人の堀川太一さんは、18歳から割烹料理店で修業。その後、和食にはない技術を体感したいとイタリアンレストランへ。さらに限られた食材しか手に入らない場所で「和食をどこまで再現できるのか」という課題に挑むために、ポルトガル・リスボンやアメリカ・ニューヨークの日本料理店で腕を磨いたという異色の経歴をもっていらっしゃいます。
「茶道から生まれた京懐石。その伝統に主軸を置き、旬の食材で『詫び・寂び』を表現し、お客さまに感動を与えたい」と語る堀川さん。エントランスには京都を模した犬矢来、茶室様式を取り入れた網代天井、玉砂利が敷き詰められたベランダ……。店内のしつらえからも、その意気込みが感じられます。
落ち着いた雰囲気の店内には、カウンター席、個室、テーブル席を用意。
旬の食材との一期一会を大切に、を信条とする堀川さんは、「生産者とのコミュニケーションが重要」と考え、自らが足を運べる地元の食材を積極的に取り入れています。
じつは成田は一大農産地。利根川と印旛沼の水運にも恵まれ、年間を通して気候が比較的温暖な風土のもとで、豊富な農作物が生産されています。「ひととおりの野菜が揃いますし、品質も上々です」と堀川さん。
地元・成田の野菜を積極的に取り入れる。とくに秋から冬にかけての根菜類がおすすめだそう。
野菜以外も千葉県産の食材をふんだんに使用する。米は多古のコシヒカリ、銚子のマグロ、旭の「菜の花うましポーク」……。生産者と会話して仕入れ、その気持ちを理解して料理に反映しています。
釜で炊いた千葉県多古町産コシヒカリを提供。
「生産者のみなさんが心をこめて送り出した食材のポテンシャルを、お届けできる料理を心掛けています。そんな料理は、おのずと健やかな身体づくりに役立つはずですから」と堀川さん。「食べて健康になる」も大切にしているお店のコンセプトです。
目利きした食材には、とことん真摯に向き合う堀川さん。そのためには手間も時間も惜しみません。「この子はどうやって食べてほしいのかな」と、食材の声ひとつひとつを聞き、細やかな下ごしらえを施します。
食材の味を引き出し、和食の命ともいえる出汁をとるのは、上質なカツオブシや昆布などの材料を使って4時間がかり。なおかつ、料理の仕込みと、調味に使う出汁は別々にとります。お店で提供するものは、ほぼ自家製。ちり酢、煮たまり醤油など添えられる調味料もすべて手をかけて作っています。
堀川さんが大切にしていることは「料理の『過程』」です。「長い歴史をもち、もはや完成形ともいえる京懐石を一度自分の中で分解し、精査して自分なりの方法で組み立て直す。その連続です」。
京懐石に欠かせない、丸(すっぽん)のコースも用意。丸雑炊は自慢の逸品。
その結果、最終的に同じ見た目であったとしても、自分なりの技を凝らし、調理法を変えることで、「あそび」が加わった料理は、明らかに味や見栄えが変わる、と考えるからです。
その信念は、はるか昔から。料理の道を目指そうと決意した中学生のころ、進学先として農業高校を選んだのは「食品の流通過程」を知るため、という筋金入り。「お客さまにはわからないかもしれない。けれど『過程』は信念。自分に嘘をついた料理を、お客さまにはお出しできません」。
正直な仕事を大切に。「うちに来たお客さまは、よく『料理の写真を撮り忘れる』とおっしゃいます」と堀川さん。「食事に集中していらっしゃったようで『あ、食べちゃった』って(笑)」 きっとお客さまに、堀川さんの想いは伝わっているはずです。
堀川さんがとくに、想いを込めている食材があります。京都の夏の風物詩であり、京懐石には欠かせない「鱧」。
3000本以上の小骨があるといわれる鱧。1寸(3㎝)の間に、24回以上包丁を入れる「骨切り」という高い技術が必要とされる、まさに料理人の腕が試される料理です。
「にわか仕込みの腕ではどうにもなりません。1ミリ弱で皮目ギリギリまで包丁を入れるのは、日本料理の基礎技術が出来上がったうえで、鱧を扱う感覚をつかんでいないと無理です」と堀川さん。
一方、鱧は料理人にとって腕の奮いがいがある魚でもあります。「鱧は繊細な味わいと濃い旨み、そして脂をもつ魚。骨からも異様なまでに出汁が出るんですよ。ほかに代替品がないおもしろい食材です。いろいろな使い方ができますし」と語る堀川さんは、毎年5月~10月まで「鱧尽くしコース」を提供しています。関東では決してなじみがあるとはいえない鱧を、さまざまな食べ方で味わえるコースです。
鱧1尾全身を味わえる「鱧尽くしコース」。
湿度の高い梅雨のはじまりを感じる日に、堀川さんが腕を振るった鱧料理をいただきました。白木のカウンター席に座ると、目の前には鱧。おおむね800gサイズ、瀬戸内産、日本海産を仕入れています。
衛正では鱧をはしりの時期から、もっとも旬となる夏、そして落とし鱧まで時期に合わせた料理で堪能できます。秋の「鱧と松茸の土瓶蒸し」も絶品。
堀川さんは一品ごとに、鱧の骨切りを行います。開いた身に、鈍色の鱧切り包丁を入れ、小刻みに動かすたびに、「シャリシャリ」という心地よい音がカウンターに響きわたります。
鱧の骨切りをする堀川さん。鱧のシーズンはじめには、3、4尾骨切りをしにないと感覚を取り戻せないのだとか。
鰻のざく
『鰻ざく』ならぬ「鱧のざく」。鱧に串を打って蒸してから、継ぎ足しを重ねた「8年もの」のタレに漬け、蒲焼風に焼き上げます。合わせたのはキュウリではなく「小メロン」。身はふっくらとやさしく、皮目は香ばしく焼きあがった鱧と、みずみずしく青い香気のはしる小メロンは見事な相性。さわやかな初夏の風を感じる一品。
鱧しんじょうアスパラ
グリーンアスパラの緑の味わいと、じゅんさいのつるりとした口当たりが鱧のさわやかな味わいを引き立てた椀物。塩ひとつまみ程度で仕上げた、極めて薄味の八方だしの中でたゆたう、蒸した鱧はやさしく繊細な味わい。シンプルに鱧本来の旨みを堪能できます。
鱧の冷やし鉢
湯引きした鱧に、アワビを組み合わせた贅沢な一品。鱧はふんわり、ジューシー。アワビのジュレとともに、ひとつひとつ揚げびたしにしたホワイトアスパラ、ナス、青唐辛子やズッキーニとともにいただくと、さまざまな食感と彩りある味わいが楽しめます。
鱧の落とし造り
皮目と身をさっと炙った鱧は、牡丹の花のような美しさ。みずみずしく、上品な甘みが引き立ち、鱧を食べる喜びに満たされます。
鱧の胃袋と肝と腸
とろりとしたキモ、コリコリした胃や腸の食感が楽しく、お酒がすすみます。衛正では季節に合わせた日本酒を多数用意。ちなみに、堀川さんの経歴からポルトガルワインも豊富に揃います。鱧には微発泡、フレッシュで軽やかな飲み口の「ヴィーニョ・ヴェルデ」がぴったり。
焼き鱧
蒸しの作業を入れずに鱧を焼き上げます。こんがりバリッと焼きあがった鱧は、まるで肉のようにパンチのある味わい。若々しいたで酢の風味や、ひげごとこんがり焼いた成田産ヤングコーンとの組み合わせも絶妙。
鱧の天ぷら
サクサクした衣の中で、ふくらみを増した鱧と、とうもろこし天ぷらの甘みは、思わず行きつ戻りつしてしまう軽快な組み合わせ。カリカリした骨せんべいもアクセント。
鱧寿司
鱧にタレを3度漬けしてしっかり絡ませてから焼き上げ、海苔を巻き込んで仕上げます。うなぎの蒲焼のように濃厚ですが、後味がやはり繊細。鱧の魅力を実感。
鱧しゃぶ
鱧の骨でとった出汁に、さっとくぐらせてからネギ、サニーレタスとともに大根おろしと、特製のちり酢でさっぱりといただく一品。みずみずしい仕上がりの鱧は、出汁が染み込んでいっそうの旨みを堪能できます。
鱧の茶碗蒸し
イタリアンの研鑽も重ねた堀川さんならではのテクニックが活きた一品。使われている出汁は、野菜と鱧でとったコンソメ。繊細ながら、余韻に満ちた滋味あふれる味わいが楽しめます。
鱧雑炊
鱧の出汁がいかに味わい深いかを実感できる逸品。驚くほど、旨みがあり主張が強い。これまでの淡白なイメージを覆されます。
これだけの品数でも、まったく飽きることがない鱧。調理によって食感も味わいも異なり、ときに繊細、ときに力強く。一品、一品にその個性を生かし、多彩な表情を堪能できる鱧尽くしコースには、堀川さんが歩んできた「過程」が見事に昇華されています。
成田といえば鰻で知られていますが、京都に行かずとも、体験できる至高の鱧尽くしを楽しんでみてはいかがでしょうか?
執筆
池田 陽子
立教大学社会学部を卒業後、出版社にて女性誌、航空会社にて機内誌などの編集を手がける。国立北京中医薬大学日本校(現:日本中医学院)に入学し、国際中医薬膳師資格を取得し、薬膳アテンダントとして活動するほか、日本各地における食の魅力を発信する食文化ジャーナリストとしての執筆も行っている。サバファンが集う「全日本さば連合会」広報担当「サバジェンヌ」としても活動中。