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ナリタノヒトビト - 株式会社Fall Leaf 戸村栄秀さん -

成田といえば、成田山新勝寺を思い浮かべる方も多いかもしれませんが、見どころは新勝寺だけではありません。成田には、訪れる方々をおもてなししようと活動している人達も沢山いるので、ぜひ彼らのことも知っていただきたいのです。

ここでは、そんな彼らを「ナリタノヒトビト」としてご紹介します!

 

今回のゲストは成田を中心にさまざまな業種の飲食店を経営している戸村栄秀さん。

波乱万丈なこれまでの人生と、目指していることについて語っていただきました。

 

―まずは簡単に自己紹介をお願いいたします。―

株式会社Fall Leaf (フォールリーフ)の代表をしております、戸村栄秀と申します。

成田市の隣の富里市出身です。

飲食の世界には約20年間おり、現在は成田市を中心に6店舗の飲食店のオーナーをしています。

―株式会社 Fall Leafさんはどんな会社ですか?―

「海鮮×炭焼 あきら」「ホルモン焼肉 牛〇食堂」「しゃぶしゃぶ ささ木」など、業種の異なる飲食店を展開しています。

 

縁のあった従業員が得意な料理をメインにした出店を続け、現在は成田市を中心に合計で6店舗があります。

―飲食業にはいつから携わっていたのですか?―

飲食の世界に入ったのは10代の後半からで、最初はバーや居酒屋で働いていました。

 

19歳の時に当時働いていた社長からいきなりひとつの店舗を任せられることになりました。

お店の売上やスタッフの管理はもちろん、店内の塗装まで自分で行うなど、やることは多岐にわたり、休みなしで働いていました。

このお店(インタビューは「海鮮×炭焼 あきら」の店内で行いました)も自分で内装を手掛けていて、その時の経験や知識が今の飲食店経営に生きていると思います。

―自身でお店を出すきっかけは何だったのでしょうか。―

任せてもらったお店は最初は順調に売上も伸びていたのですが、当時は全国的に飲酒運転の取り締まりが強化され始めたころ。その影響で売上が落ち込むようになってきました。

 

お酒をメインにしたお店では生き残れなくなってきたので、当時成田でとても人気のあった鉄板焼きのお店「GRILL HOUSE 弘’S」や寿司屋など色々な業種のお店に派遣され、料理の腕を磨きました。

 

独立したのは26歳の時です。

成田駅の西口にお店をオープンし、当時在籍していた会社にロイヤリティを支払いながら運営していました。

お店はうまくいき、2店舗目も出店。3店舗目は初めて自社運営のお店を持ちました。それと同時にこれまで運営していた2店舗は会社に返上し「株式会社フォールリーフ」(今の「株式会社 Fall Leaf」とは別法人)という会社を立ち上げました。

―自社運営のお店もうまくいっていたのでしょうか。―

成田駅周辺に「水炊きもつ鍋Dan」「鉄板焼きDan」など数店舗を展開し、自分もお店に出ていたのでありがたいことに常連さんもできて、売上も順調に伸びていました。

 

当時成田には大手のチェーン店が進出していないことに加え、空港関係者の利用が多かったこともあり需要をうまく取り込めていたと思います。

 

ここまでは順調だったのですが、31歳の時に事件が起こりました。

―事件の内容が知りたいです。―

当時経理を任せていた役員がいて、これまでは二人三脚で経営していたのですが、経営に対する方向性の違いで徐々にうまが合わなくなってきました。

 

自分は新規出店をどんどんしていこうという方向性に対し、その役員は社内の体制を固めようという方向性でした。

 

そんなある日、役員と社員全員から社長抜きで自分達で会社をやりたいと言われました。

 

これまで成田に自分のお店を持ちたいと頑張ってきて、ようやくその夢が叶ったところでの出来事だったので、精神的にとても応えました。

会社で運営していたすべてのお店を置いてそのまま辞めようと思っていましたが、税理士さんのアドバイスで1店舗だけ持って会社を去ることになりました。

―会社を辞めた後はどうしていたのでしょうか。―

会社を辞めた後は精神的に参ってしまいつらい日々を過ごしていたのですが、持って出たお店は続けていました。

 

そうすると事情を知った昔からの常連さんが駆けつけて励ましてくれたり、前の会社でアルバイトをしていたスタッフが戻ってきてくれたりしました。

このことで精神的に救われ、もう一度頑張ろうという気力が湧いてきて、今の「株式会社Fall Leaf」を立ち上げ、再出発することができました。

 

新しい会社では飲食店の出店はもちろん、昔のつながりで海浜幕張や両国国技館前のBBQ場の管理をする事業にも乗り出したりと色々な挑戦をしています。

このコロナ禍でも新しく2店出店しました。

―これから未来に向けてどう行動していかれるご予定ですか?―

今はやはりコロナの影響は無視できず、また需要が回復するまで耐え忍ばないといけないと思っています。この3年間で未来を見づらくなってきました。

 

ただ、昔から成田市に影響を及ぼすことのできるような飲食店の会社にすることを目標としています。

具体的には、成田国際空港に出店することができるくらいの会社にできればいいなと思っています。

―最後に読者に向けてメッセージをお願いします。―

成田は飲食店の横のつながりが強く、みんなで成田を盛り上げようという気持ちのあるハートフルな街です。

 

お客さんが釣ってきた魚をその場で捌くなど、自分自身もよりお客さんに満足できるようなお店作りを目指しています。

成田に来たら、ぜひ魚を持って遊びに来てください!

  2022/02/15