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ナリタノヒトビト -菊屋 石橋幸太郎さん-

成田といえば、成田山新勝寺を思い浮かべる方も多いかもしれませんが、見どころは新勝寺だけではありません。成田には、訪れる方々をおもてなししようと活動している人達も沢山いるので、ぜひ彼らのことも知っていただきたいのです。

ここでは、そんな彼らを「ナリタノヒトビト」としてご紹介します!

 

今回のゲストは菊屋を経営している石橋幸太郎さんです。

―菊屋さんはどんなお店ですか?―

基本的に、日本料理の店です。

この10年か20年は、鰻が大変評判をいただいています。

老若男女、国内外を問わず、いろいろなお客様をおもてなしさせていただいています。

―菊屋さんのこれまでの歴史を教えてください―

菊屋は代々「〇成元講(まるなりもとこう)」という名称の講を運営しております。

新勝寺の第1号の講社(=成田山信仰のための共同組織)ということで、元講という理解をしておりましたが、お詳しい方に聞いたところ、そうではなく「元禄の元の字だよ」ということで、はっきりとは分かりませんが、300年近く歴史があるようです。

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ちなみに、献立として残っている最も古いものは大正時代のもので、踊り花見の豪華な献立残っています。

代々、門前通りで参拝客の皆様にお越しいただいておりました。

空港開港前は、空港を建設するゼネコンの方々で賑わいました。

そして空港が開港すると、特にエアラインクルーのお客様が増えました。

当時のエアラインクルーは、滞在費も滞在時間も今よりずっと余裕があったので、たくさんお金を落としていただきました。

この時代、成田でも早くから生ビールを提供したお店として評判でした。

さらに、夜遅くまで営業していましたので、それがクルーの方に大変喜ばれ、クルーがクルーのお仲間を呼んでくれて盛り上がっていました。

―当時、外国人クルーとのコミュニケーションは問題なかったのですか?―

先々代の女将は、特に英語をどこかで勉強したわけではなく、そういった方々と接客させていただいている内に、覚えていったようです。

例えば、アルバイトの子が「鰻重の並、上、特上を英語でどう表現すればいいですか?」という質問には、先代は「Good!(並)、Gooood!!(上)、Goooooood!!!(特上)」と言って、「声の具合や表情、ジェスチャーで伝えれば伝わる」と教えていました。

そして実際に、それがよく伝わっていました。

 

当時の成田参道の風景は忘れません。

和装の女性と、真っ赤なスカーフにハイヒールのCAさんが、一緒に参道のスーパーで買い物をしていたりしました。

今とはちょっと違い、地元の人間と外国人がそのまま交わる雰囲気がありました。

例えば、祖父は帳場で晩酌をしながら相撲中継を見ていたのですが、そこに外国人クルーのお客様が加わり、そのまま相撲ファンになるようなこともありました。

そんな外国人との交流の中で、生魚を召し上がらない方のために、天プラやフライを提供し、それが人気のメニューとなりました。

このため、そのまま定着したメニューもあります。

―ハリウッドスターも来店されているんですか?―

トム・クルーズさんとスティーブン・スピールバーグさんに、中トロのお刺身と鰻重を御注文いただき、料理を提供したことがあります。

ご来店いただくと大騒ぎになってしまうので、プライベートジェットで召し上がれるようにホテルにお届けいたしました。

実は成田参道は、スターの方が歩いていることもありますよ。

レイフ・ファインズさん(映画『007』でM役)も映画祭の後に来られましたし、ロックバンド「ソニック・ユース(Sonic Youth)」や「グレイトフル・デッド(Grateful Dead)」のメンバーもふらりと来店されたこともあります。

最近では、吉幾三さんも上町菊屋に来てくれて「まだ何も飾っていないから書を書いて送る」と仰ってくださいました。

―お店の特徴は先代からの「おもてなし」というところにあるのでしょうか?―

以前から一貫して変わってないのは、お客様へのおもてなしをして、お腹いっぱいのいい気分で帰ってもらおうというところです。

僕が最初に学校を出て働いた、日本料理店に「老舗はいつも新しい」という言葉があります。

常に新しいものは取り入れて、残すものを残すっていうような考え方をしてきたから、先ほどの生ビールやカツをメニューに取り込んできた経緯があります。

クレジットカード決済を導入したのも、空港開港の1970年代くらいです。

―新しく上町菊屋をオープンされた経緯を教えてください―

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もともと菊屋がある仲町の店舗躯体は江戸時代のものなので、継続的なメンテナンスが必要です。

そして、その間にお客様に迷惑をかけてしまうので、別の店舗が必要だと思っていました。 そこで、上町には叔母が住んでいて縁があるので、まずは1年住んでみてから店舗の建築を始めました。

住んでみると陽の当たり方や、風の強さなどが、仲町とは全く違いました。 そうしてできたのがこの店舗です。

 

メニューには、アイリッシュコーヒーを充実させました。

これもお客様が教えてくれたメニューです。

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外国人は真冬でも薄着で、先代の女将が「寒いからアイリッシュコーヒーを出してくれ」というリクエストを受け、レシピを教えてもらい日本のウィスキーで提供したのが始まりです。

成田の冬はすごく寒く、駅からお寺まで歩くと身体の芯から冷えてしまっているので、ここで温まってもらい、また帰りにも温まってもらえればと思っています。

―成田に訪れた方に、このまちをどう楽しんでいただきたいですか?―

やはり、成田の主役は成田山です。

まずは、成田山を見ていただきたい。

そして成田山に行く途中に参道があります。

空港を利用する際は、都内から一直線で空港に行くのではなく、1駅手前の成田で降りて楽しんでいただきたいです。

外国人のお客様に言わせると、京都は見るところが多すぎますが、成田はコンパクトで良いそうです。

また、日本のおもてなしはとてもユニークです。

他の国にはない日本の良さを感じて欲しいです。

 

―最後に、これから未来についてどう行動していかれる予定ですか?―

特別に、菊屋を大きく変えていこうとは思っていません。

先代、先々代が示してくれたことをそのままやっていきたいと思っています。

駅伝の区間走者のつもりでやっています。

もしこれが自分だけだったら手を抜いてしまいますが、いまちょっとここで頑張っておけば、次に襷(たすき)を受け取る人が少しは楽ができるかもという気持ちです。

自分の前も、自分の後もいるからこそ、襷を持った自分が一生懸命走れます。

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  2022/09/13