成田といえば、成田山新勝寺を思い浮かべる方も多いかもしれませんが、見どころは新勝寺だけではありません。成田には、訪れる方々をおもてなししようと活動している人達も沢山いるので、ぜひ彼らのことも知っていただきたいのです。
ここでは、そんな彼らを「ナリタノヒトビト」としてご紹介します!
今回のゲストは、成田参道で「ぱん茶屋」を営む下田真吾さん。名物「うなぎパン」の秘密とまちづくりの活動について、詳しくお話を伺いました。
ーぱん茶屋はどんな場所ですか?ー
うちのおばあちゃんが「下田康生堂」という漢方薬屋をやっていて。それが飲食をはじめて、正確に言うとうなぎ屋でなく、ヤツメウナギをはじめたんですよ。漢方でいうとヤツメウナギはすごく栄養価が高かったりするのだけど、やっぱり馴染みがなくて当時はあまり流行らなかったようです。
それで父との世代交代のときに、うなぎ屋さんを継ぐ予定はあまりなくて、パンのほうがいいなと思って。自分1軒くらいパン屋になってもいいのかなって。両方やればいいなとは思ってたんですけどね。
ーそれで名物のうなぎパンができたんですね。ー
うなぎの街すぎて、うなぎだけじゃ面白くないとなって。その頃から地域活性とかやっていたから、そういう話が出たんです。
ーフランスで修行されたと伺っています。ー
元々がうなぎ屋だったので、高校卒業して、関西のほうに日本料理とか和食の勉強をしに行っていたんですが、その中で「フランスにいいお店があるから、紹介するから行ってきなさい」みたいなかんじで行かせてもらったというのがきっかけです。
ーお父様は、まちづくりの一環として成田参道のセットバック事業(道を拡げるため、建物を前面道路から後退させる事業)を牽引されたそうですね。ー
成田参道、昔は道が狭かったんです。それも風情があって良かった面もありました。
でも成田空港ができた時に、新勝寺へのお客様や外国人旅行者が増えるだろう、なにか変わらなくてはいけないというふうに思ったようで。国際都市と言われるのにふさわしい街に変えなきゃいけないと。
街を愛するが故の見栄とか、プライドとか、愛情とかなのだと思います。
ー「街づくり発祥の地」という石碑がお店の前にありますね。ー
セットバックをやろうという話になったけど、街全体がやるかはわからないし、町内だけでもやるかはわからない。
そんな中で、うちが最初に勝手にやっちゃった、というのがその石碑の意味だと思います。
ーすごい度胸ですね。ー
まず見せなきゃみんなわからないだろうということで、とにかくやってみせた。すると隣も親父の同級生でみんな仲良くやっていたということもあり、次々にセットバックがはじまった、というかんじで。
そうすることで、歩車分離になり、観光されるみなさんの滞留時間も長くできたということです。
ーみなさんに、成田をどう楽しんで(感じて)いただきたいですか?ー
まずは、自分のふるさとと比べてみてほしいです。どう見てほしいとか、楽しんでほしいとか決めることはないのですが、ぜひ自分のふるさとと比べていろいろなことを感じ取ってほしいと思っています。
ーこれから未来に向けてどう行動していかれる予定ですか?ー
やっぱり、成田を好きだって思ってくれる人が増えればいいなと思います。そういう人を増やせるようなことをしていけたらいいかなと思っています。
「下田康生堂 ぱん茶屋」